そろそろリゼンブールの羊達も眠り、人々も今日一日の仕事の疲れを家族との団欒によって癒している頃、今更のようにドタバタと喧騒を広げている家があった。
「何でもっと早く準備しようとか思わないのーー!せめて受験日くらい事前に言っておきなさいよ 」
「いやだから準備くらい自分でするって、こんな夜遅くに怒鳴るなよ!」
「あんた朝一の列車でセントラルに行くんでしょ。一人で、しかもあんたが今から準備してたら終わる頃には夜が明けてるわよ」
「な.....んなこたねーよ!」
「だいたい明日の昼には試験始まるじゃない!睡眠時間とか最終確認とか今のうちにしたいと思わないの?」
「そんなモンしなくて大丈夫だって、あんな試験余裕でパスするし。どっかの居眠り常習犯とは頭の出来が違うんだよ」
「生活能力欠けてるヤツに言われたくないわよっ この錬金オタク!」
「んだと機械オタク.....ちょっ!受験生の頭にスパナ投げんな 」
「エドは天才だから大丈夫でしょ!」
「投げていい理由になってねぇ.....ってにぎゃーー 」
(いやーどっかのお母さんのようだねぇ)
受験前の息子になにかと世話をやく母親と素直じゃない反抗期の息子みたいな。
.....まぁソレにしては暴力的な母さんだけど。
「アルもなんで教えてくれなかったのよ!」
動かないニューネッシー状態となったエドワードには一瞥もくれず、今度はアルフォンスに詰め寄ってきた。
「あー.....まぁえっとウィンリイにも言わないといけないな〜とは思ってたんだけど...つい言いそびれちゃって」
「言いそびれるにしても、何も前日に言わなくてもいいじゃない!国家錬金術師試験の!」
うぅ.....とアルフォンスはウィンリイからの文句を小一時間聞く羽目になった......。

(言えっかよ.....)
ウィンリイからやっと解放され、エドはここ一年.....最初の数ヶ月は簡易病室に居たが....自分の部屋となっていた部屋で荷造りに励んでいた。
(そもそもこんなはずじゃ....)
エドワードは試験の件がバレるきっかけになった、先ほどまで本の間に挟んでいた 国家錬金術師試験受験者票 を睨みつけた。
ウィンリイに国家錬金術師になる旨は機械鎧を付ける時にすでにいってあったが、その後の事は何一つ言っていない。
つまり軍の犬になった後.....弟と一緒にこの地を離れ、体を取り戻すためにアメストリスを旅する事はまだ伝えていなかった。
だからその第一歩である国家錬金術師の資格取得も出来る限りひっそりと.....そうじゃなくてもさっきみたく騒がれたくなかったから、隠すとまではいかないが内密にしていた。
これにはアルフォンスも同意見で、
「もし旅に出る事に気付かれて、出発の日まで泣かれたりしたら.....」
.....そうなったら、自分達がウィンリイを慰める事も出来ないし、自分達の決意も揺らぎそうになるかもしれない。
実際今でも躊躇したくなるし、迷いもある。
自分達だって故郷への思い入れはいくらでもあった。
(だけどそれでも.....)
弟の体を取り戻さなくては。自分のわがままに付き合わせてしまったアルフォンスのため、そして自分のためにも。

時間を見るついでに外を見ると、月が雲に遮られる事なく煌々とリゼンブールの草原を照らしあげていた。
(この空だと、明日は晴れるだろうな)
そこまで思ってから、ふと先日受験手続きをしに行ったセントラルを思い出した。

(ああもう、エド達ってば〜!)
ウィンリイは今だ怒り冷めやらずといった様子で、数日分の機械鎧用オイルを持 って階段を上がっていた。
「なんなのよ二人して!私には隠し事ばっかして」
ウィンリイがホントに怒ってたのは前日にいきなり分かった事ではない。確かに それも怒りの原因には入っていたが、
(また隠し事....か)
小さい頃から、エドとアルとでよく遊んでいたが、二人の間には「幼馴染」が入 り込めない「兄弟」という絆があった。
昔はそれがとても羨ましくて、「私もアルのお姉ちゃんになりたい!」なんて言 ってたものだった。
まぁそれは小さかった頃の話。
それに二人の秘密があるなら、私とエドの秘密、私とアルの秘密だってある。
だから不満なんてないに等しかったはずなのに.....
(そうか.....多分あの時くらいからかも)
エドのお母さんが死んでから、二人は友達の誘いも断って家にこもっていた。
聞いても「なんでもねーよ!」としか言ってくれなくて、(また二人だけの秘密!)と少し気に食わなかったけど、なぜか.....なぜかいつもの隠し事とは違う気がして少しだけ不安が芽生えた。
そんな頃にあの川の決壊を防いでくれた、イズミさん.....だっけ?が偶然リゼンブールにやって来た。
決壊を防いでくれた後、あんなに元気そうだったのに血をはいてしまったので、うちに運んで介抱していたら、二人がいきなりイズミさんに向かって「弟子にしてくれ!」なんて言って.....
あの時はあっけに取られて見ていただけだったけど、いきなり錬金術を学ぶために村を出るなんて.....
そんな突拍子のないこと、いくらあの二人だからといって簡単に思いつくはずがない。
もしかしたら何かやろうと.....この前から不安に思ってた隠し事はこの事に関係あるの?
........たぶん、この時が二人の秘密に私が不満...というよりも不安を感じた時だったと思う。
そして二人は村を出て、少しだけたくましくなって帰って来た。それから少し後になって、二人はその秘密を実行した。
.....人体錬成、二人のお母さんを生き返らせる事だった。

ここまで考えて、なぜ今更私が二人のあの事を思い返しているのか気が付いた。
「似てるんだわ.....あの時と今が」
確かにあの時から二人だけの会話が多くなっていた。
そりゃあエドもアルも気軽に外へはいけない体だからしゃべる相手は互いか私かばっちゃんだけだけど、何というか.....人目をはばかる雰囲気で話す事が多かった。
私が近づくとパッとそんな雰囲気は微塵もなくなるけど......
やはり二人はまたあの時みたいな隠し事をしているのだろうか。
今日だってあの受験者票を隠していたし.....聞いてみようか。
と、そう考えていた頭を私はぴたりと止めた。
(そうよ.....そうなのよね)
なぜエド達はいつも私に隠し事ばかりするのか。
私に関わって欲しくないのか、私に迷惑を掛けまいとしてるのか。
どっちにしろ、あの二人は優しさから私を慮って遠ざけているのだろう。
(だけどだけど.....!)
きっとこれが今日の出来事やあの時の隠し事に対する一番の感情。
(エド達は.....私を頼ってくれないの?)
私はエドの目の前でエドを...二人をサポートすることを宣言した。
エドがそれをどう受け止めたのなんか知らない。
でも私は.....あの言葉通りに二人をサポートしたくて、頼って欲しくて、信頼して欲しくて.....もっと近づきたくて。
二人の優しさは分かる、だけど....

いつの間にか自分が階段にしゃがみこんでいた事に気づいた私は、慌ててスカートの裾を払い、エドの部屋へオイルを届けに行った。

(なんとなく顔合わせづらいな.....)
別に先程の騒ぎのせいではない。あれくらいの騒ぎだったら毎日の様にやっているし、あれは確実にエドのせいだし。
(よし、大丈夫)
自分の頭の中で瞬時に湧き出る、我ながら色気のかけらもないエドへの文句に苦笑しながら、エドの部屋に入った。

入るなりいきなり部屋の中に青白い光が広がった。
見慣れてはいるが、目に突き刺さる様に光り輝くのはどうかと思う。
「エドッ.....?」
光が消え、回復した視界に映ったのは、いつものエドの部屋と、その中心付近に落ちている赤い布だった。
「ウィンリイか?どうした」
「オイル持って来た。.....ねぇ、いま何錬成したの?」
「んー?これの事か」
エドはその赤い布を持ち上げ、私に見せるように差し出して見せた。
「コート?なんだかやたら赤いけど」
「カッコイイだろ!」
「派手すぎ。.....あんたこれ着てセントラル行く気?」
「おう!この前行った時寒かったからな」
実はそれが理由ではなく、前にセントラルに行った際周りの人々にじろじろ見られたため、
(田舎っぽい雰囲気でてんのかな.....変な注目集めたかないし、次はもうチョイ都会っぽい服着てこうかな)
と思い、エドなりの「都会っぽい」を形にしたのだった。
本当の注目の理由は服ではなく、金髪金目の珍しい風貌のせいだが.....。
「んー?.....なんか右腕だけ突っ張るな」
「ああ、そっちは機械鎧だからよ。あんた元の感覚で錬成したでしょ」
自分で言っていて思う。やっぱりあんたらの秘密は元の体に戻るコトに関して...よね。
エドが右腕の袖を錬成しなおしているのを見ながら思いだした。
最近は慣れたからか無くなったが、ちょっと前まではよく右腕の長袖だけを機械鎧に引っ掛けて破いてしまっていた。
破いたところですぐに直せるのだから気にしてなかったけど、ある日見ちゃったんだよね。
みんなの前で破いちゃった時は、「またやっちまった」って感じに笑いながらすぐになおして、私の「エドは不器用なんだから」というちょっとした冷やかしにも笑って応えるのに、.....あんたが廊下で私の存在に気づかないまま、一人の時に袖を破いてしまって浮かべた、......自嘲めいた、機械鎧だから痛くないはずなのに.....苦しそうな、12年間私が一度も見たことのない、子供では浮かべられない様な顔をしていたのを。
エドはアルの鎧の体と自分の機械鎧の右手、左脚をこれから一生罪の意識として.....
たとえ元の体に戻ったとしてもその意識を一人で背負い続けるのかしら.....。

「こんな派手な色よく着る気になったわね〜。豆には似合わな」
「だぁれが豆粒ドチビじゃあ 」
「事実を述べただけじゃない。.....この後ろのマークはあんたが考えたの?」
頭の中からけむりがたっているが、怒りに耐えたらしく、ちょっと歯を噛み締めながらしゃべり始めた。
「.....いや、それはフラメルの紋章で、無地っていうのも地味過ぎるからなんか柄でも付けよっかな〜って思ったら.....アルの鎧を思い出してよ」
「肩の部分に付いてたわね。.....良かった〜エドが考えた柄だったら絶対センス悪いものね」
「お前はなんなんだ!さっきから喧嘩ばっかり売りやがって 」
「むしろ先に喧嘩売ったのはあんただと思うけどね」
とたんにエドはぶすっとした顔になり、
「.....何だよ、さっきの事まだ根に持ってるのかよ」
「持ってるわよ、1年くらい前から」
「は?お前何言って...」
「でももうその事はイイわ。.....でもひとつだけいい?」
エドは私の言葉の意味を図りかねるかのように眉にシワを寄せ、
「.....おう」とだけ言った。
「別にあんたが騒ぎを起こしたりするのは日常茶飯事だし、それでいいわよ。でもね.....エドは、それが人がホントに迷惑になるような事はしないわよね。」
(デリカシーがないのがこいつの一番の欠点なのだけど、まぁ自覚なしだしね...)
とウィンリイは心の中でそっと呟いた。
「人をトラブルメーカー扱いしやがって.....でもまぁ、そんな度をすぎた事はした事ないな」
「それは人に対してだけど、.....あんた自身に対してはどうなの?」
「.....へ?」
「.....いろんな物、背負い過ぎじゃない?」
「..............」
琥珀色の瞳が、虚をつかれたかのように揺れた。

意外だった。
文句なんかを言われると思って、でもまぁそれも仕方ねぇ、なんだかんだいってウィンリイには迷惑ばかり掛けてんだし、と考えていた時にこんな言葉を掛けられるなんて。
「ん.....なこたねぇよ、知ってんだろ、俺はそんなアルみたいに優しい訳じゃないし」
「.....確かにアルみたいな優しさじゃないかもしれない。でも、あんたはあんたでちゃんと優しいわよ」

「冗談はやめてくれ」
再び不機嫌な顔をし始めたエドに私はなおもこう言う。
「でもエドのその優しさが自分を甘やかさないように、自分の苦しみを全部抱え込むようにしてるって気づいてる?」
「............」
表情は変わらないが、瞳が不安そうに揺らいでいる。
ちゃんと聞いていると解釈して、私は話を続けた。
「あんたの一番強い所は、嘘へたっぴのクセに苦しみだけは気付かれないように抱え込んで、周りを心配させないとこだけど.....」

ウィンリイは何故かここで一拍間を作り、俺のそらしていた顔を手で挟んで、自分の方に向けた。
「のぁッ ウィンリイ 」
「もっと周りを.....あたしを頼りなさいよ 」
目の前で言われて思わず少し後ずさった。
そして言葉の意味を咀嚼し、....言葉通りの意味だと知った。
.....たぶんいまの俺の顔はなっさけない顔だろうなぁ。
「分かったら返事っ 」
「はいっ ?」
.....つい、返事をしてしまった。
「あ〜良かった!」
「なにが良かったんですかウィンリイさん...。」
「だって.....どうせエドはどこ行ってもエドでしょ!たとえ軍の犬になっても変わんないだろうし。だけどエドが突っ走ってゆく間にも苦しみはたまっていくだろうし、エドはどうせそれを一人で抱え込もうとするでしょ 」
ウィンリイは俺たちが旅に出る事をまだ知らないはず。なのに何故こいつは予言するかの様に俺に激励の言葉を掛けられるのだろう...。
「だから、せめて苦しみを分かち合ってくれる人、頼ってもいい存在がいるのを忘れないでよ 」

.....私の言葉を目の前で受け止めたエドは、数秒間神妙な顔で私の顔をまじまじと見た後、
「...ぶっ あっははははは 」
「ちょっ!なに笑ってんのよ スパナぶつけるわよ 」
「くっくくく.....わーったよ忘れねーって」
「ふぇ?」
「了解了解。忘れたらスパナ飛んでくるっつー事だな」
「んなっ!人の顔見たらスパナスパナ言って!」
「ちょっと待ったァ!まだ忘れてねぇから殴るなよ 」
「〜〜〜っ!...............」

「...........?どうしましたかウィンリイさん」
「....頑張ってね」
明日を境に訪れる大変な日々を。
「おう.....」
そんなことを言われた様な気がした。